正論

私はできた人間とはとても言えない。

だけど、人に対して後悔のないように在りたいとは思っている。


でもいつ頃からか、私が正直に何もかもを語ることが必ずも誠実ではないし、相手によっては迷惑でさえあるということに気づいてから、本心を言えなくなった。


それでも、時折、今は正直に自分の思いを伝えるべきかも、と感じる瞬間があって、そんなときは勇気を持って話そうと試みる。

けれど先日、私が久しぶりにそう思った相手には、言葉が届かなかった。

私は正直に自分の思いを、個人的でデリケートな気持ちを話した。

それに対して相手は、ピカピカの全世界に出しても誰もがそうだよね、というような正論を返してきた。

正論だ。


私はそれ以上、会話することをあきらめた。
その人は本心から正論を話しているのだ。

でも、実際には正論で生きているその人が、まわりの人を振り回し、様々な問題を引き起こしていることを知っているし、その可能性についても、少しは伝えてみる努力はした。

しかし、相手はさらに美しく清潔な正論を掲げた。


確かにそれは正論だ。


ただ、とても個人的な気持ちを言わせてもらえるなら、人は複雑で、面倒臭くて、愚かな、とてもとても個人的なそれぞれのトラブルを抱えた生き物なのだと私は感じるし、そんな偏った人間同士が本気で話すべき時には、正論は、それを邪魔するのだ。


おそらく、もう二度と、その相手と本心から話してみようという気は起こらないだろう。

私はできた人間とはとても言えないのだ。

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小説、脚本、広告シナリオ、写真詩を書いています。

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